高齢者が自力で歩けることと転倒のリスク

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なかなか矛盾した状況です…

健康のためや認知症予防のために、よく歩くことが勧められています。ただそれは転倒のリスクが無いほど脚力やバランスがあってこその話だと思えるのです。しかも認知症の場合は自分で転倒に注意できないどころか、あえて危険な所を歩いたりよろめき易い体勢になり、そのことを何度も何度も繰り返します。手すりや歩行器があってもつかもうとしないので効果は薄いです。

結局私の母のような場合は、立ち上がったら常に側で見守っていなければなりません。料理等の家事やごみ出しの為のちょっとした外出、トイレや風呂、玄関での接客など、目が離れる時は結構あるのですが、1~2秒視線を外しただけでも急に立ち上がって倒れる時があります。実質1人で介護をしていると、こういうところに限界があります。

私が手を引いて歩かせている時以外は座っていて貰えると安心なのですが、本人の興味や意志で行動することを制限するのは良くありません。なので母が立ち上がると私はやっていたことを即時中断して、母の元に駆け寄ってよろめきに備えます。反射神経を酷使しているような状態で神経が結構疲れます。そしてこれが何回も続くと、結局私は立ち上がった母を直ぐに椅子に座らせてしまいます。

運動の為に自発的な歩行の機会を制限したくないのに、制限せざるを得ない状況。なかなか矛盾した状況です。追われているような感じで毎日の家事や介護、そして仕事の作業をこなしているのですが、さらに時間を割いて母に捧げるしかないようです。

介護に時間を掛ければ掛けるほど仕事の収入が減っていくというのは、自営業の辛いところです。でも私が普通に会社に勤めていたら、母は間違いなく施設に入居することになっていたでしょう。去年の母ならばそのような所に入居するのはとても嫌がっただろうし、絶対に寂しく感じたと思います。でも認知症が進むにつれて性格もかなり変化しています。

去年あんなに嫌がっていたデイサービスも今は殆ど抵抗なく通っています。私が一緒に行かないと判った瞬間だけちょっと慌てるのですが、ちょっとの間だけだと説得するとすぐに納得します。これならばデイサービスの日数を増やしたりショートステイも大丈夫なのではと思う時もあるのですが、我に返った瞬間に凍て付くような寂しさを感じさせたくはありません。

帰る所があることが大きな違いなのだと聞いたのですが、もしそうならばまだまだ私が支えていくことが最良なのでしょう。

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